絶対音感[absolute hearing]
ある音の絶対音高を他の音と比べるので無く、直接「C」なら「C」と認識できる能力。
相対音感は、1つの音ではどの音かわからないけど、他の音と比較すれば識別できる。
絶対音感は「訓練によってできるようになる。」と思われているけれども、逆に人間はもともと絶対音感を持っていて「訓練によって失わない」とも言われている。
人間以外の動物は絶対音感の生き物である。ある周波数の音を、他にどういう音がざわめいていても、絶対的に聴き取るのです。この絶対音感で自分を外敵から身を守り、仲間と交信するのに大切です。
人間も赤ん坊の時は実はみ~~んな持っているのに言葉をおぼえて成長するうちに「相対音感」の世界へ移行していくのだって。
絶対音感が強い人は便利だけど、音楽的能力には関係無いとも言われています。
だから絶対音感がないからって悲観しないでね。そういう私も相対音感人間です。
(2004年 5月14日の日記より)
アゴーギク[Agogik](独)
音楽学者リーマンによって定められた概念で、楽譜に指示されていない微妙なテンポの変化で
音楽をより生き生きとさせる手法、現象。いわゆる速度法。
パソコンで簡単な曲を演奏させてみるとはっきりわかるのですが、各音符を完全に同じ長さでとり
イン・テンポで演奏した音楽は聴くに耐えない。ロボットの動きのように不自然極まりない。
要するに私達は、演奏する時、専門的知識が無い場合ですら、無意識にテンポを伸縮させたり抑揚をつけている。
アゴーギクは実際はフレージングなど他の要素と組み合わさって効果を持つものなのです。
(2004年 4月 1日の日記より)
アナリーゼ[Analyse](独)
楽曲分析:音楽作品を、和音、形式、様式などの点から解析して、その構造を明らかにすること。
きちんと和音進行を研究したり、それぞれの変奏がテーマに対してどう言う割合で拡大・縮小されているか? とか
作曲家もびっくりするぐらい分析に命をかけている人も少なくないみたい。
なにはともあれ、中身を良く知った上で、作曲家のこともよく知った上で演奏を音色を表現を考えよう。
そしてその曲を作曲家がどう言う状況で作曲したかも分かるとすごいですね。
(2004年 5月13日の日記より)
アンダンテ[andante](伊)
平凡な・・・並みの・・・やや劣った・・・
人柄が飾らない・・素直な・・・やわらかい
今とか現行のとかの意味もあるそうです。
アンダンテは動詞 andare から生まれました。この動詞が英語のGoと同じ意味です。
前に進む、速くもなく、遅くもなく
アンダンテな人:穏やかで誰とでも上手くやっていける人
アンダンテの物:まあまあイケル、特別じゃないけど
I'anno andante:本年 il mese andante:今月
(2004年 9月29日の日記より)
アルペッジオ奏法[arpeggio](伊)
arpeggiare(伊):ハープを弾く、アルペッジオで弾く
arpeggio:アルペッジオ
和音を分散してバラバラに弾く事、ギターでは、親指や人差し指で弾きおろしたり
弾きあげたりするストローク奏法に対して、四本の指を全部使って引く方法もあります。
ハープの独特の和音の流れもそうですね。
マンドリンでは、左手で和音を押さえて、右手のピックを低い方から打ち下ろして行き
高い方から戻ってアップしてくる奏法です。
遠くから見ていると、ただ引っ掻き回しているようだけど、これがどの音も均等に移って行くように
そしてメロディーの音が聞こえて来るようにするのが大変なのですよ。
これもオデルの四巻には「いや!」と言うほど練習問題が多く出ています。
こんなに沢山のアルペジオエクササイズの曲が出ている本は他にありません。
多いに使ってくださいね。
(2004年 5月28日の日記より)
アーティキュレーション[articulation]
各音の切り方、ないし次の音との続け方を言う。
要素としてレガート(なめらかに続ける)、スタッカート(短く切る)、ポルタート(長めに切る)などがある。
どの方法を選ぶかによって、奏法も大きく変わる事になる。
演奏を生かすも殺すも、アーティキュレーション次第である。
つまらない例かもしれないが、台本に「オス」と書いてあっても、俳優さんによって読み方は千差万別であろう。
「おーす、おっす、オス!」といくらでも出てくる。楽譜も同じで、どう読んで、どう聴かせるか?
演奏家のセンスの見せ所である。
練習とは、テクニックの訓練ばかりをさすのではない。うまくなればなるほど、「どう歌うか、どう伝えるか?」の方にウエイトが移り、
天才は一日中弾いていてもまだやることが見つけられるものである。と書いてあったけど
天才でなくても我々凡才もがんばろう・・・・・
(2004年 4月 2日の日記より)
無調/十二音主義[atonality/twelve-tone music,dodecaphony](英) [Zwolftonmusik,Dodekaphonie](独)
調性感覚を持たないものを一般的に「無調」と呼び、その無調に秩序をもたらすべくシェーンベルク
によって創始された「オクターブの12の音の音程関係のみに依存する作曲技法」でかかれた音楽を
俗に十二音主義音楽と呼ぶ。
調性というのは、私達が日頃弾いている音楽だけど、作曲するのにいろんな制約があるわけです。
平行5度はご法度、和声の進行も転調も属音関係に限るとか・・・・
それを、不自由なる束縛と感じて、「え~~い!全部拒否・・・」となったのが無調の発想。
あまりに滅茶苦茶になると混乱して旧きを壊しただけ、では困るので「十ニ音主義」が出てきて
チョッピリ規律を保っていながら自由に音楽することができるようにしたんだって。
(2004年 5月19日の日記より)
アウフタクト[Auftakt](独)up-beat(英)
日本語では「上拍」といい、指揮棒が下に向かって打ち下ろされる強拍(下拍)に対して、上に向けて振り上げられる弱拍のこと。
しかし一般的には、旋律やフレーズの始まりにおいて、最初の強拍(あるいは小節線)に達する前の部分から始まって最初の小節線までをいう。アウフタクトでの開始を弱起という。
演奏にとってリズムの良し悪しは決定的だ。
勿論旋律や和声の表現も大切だが、アフリカの太鼓を思い出しても分かるように、リズムはそれだけで人間の心を揺さぶる力をもっている。
このアウフタクトと次の一拍との関係が時代によって変化するそうです。
これは、言伝えですが、斉藤秀雄先生は、「音楽は文法だ」とおっしゃっていたそうです。
同じ花を表す言葉に、バロックなら「これは花だ。」で、花のアクセント。古典派なら「これはきれいな花です。」で、やはり花がポイントだが、アクセントは少々弱まる。
そしてロマン派になると「なーんときれいな花でしょう。」となってなーんときれいなが断然強調されて、花は弱くなっている。この話しを応用すると、勿論「花」が第1拍でそれ以前はアウフタクトである。時代と共にアウフタクトが強調されて第1拍が弱体化して行く事がわかる。
こんな事感じながら音楽聴くとまた違うかもしれないね。発表会の曲も時代で考えてみようよ。
(2004年 4月 5日の日記より)
バランス[balance]
複数の楽器やパートが同時になったときの音量や性格の配分、ソロパートと伴奏の音量配分、ハーモニーを鳴らしたときの各パートの音量配分、各楽章の性格つけ配分などを主にさす。
コンサートにおける楽曲の配分などをさす。
「音のバランス」「テンポのバランス」「コンサートでの曲目のバランス」とかいろいろ言うけれど、音楽で1番重要なのは「知と情のバランス」ですよね。
基本的に音楽は「情」なのだけど、それを「音」として実際に大気に放つには、それをコントロールする「知」が必要ですよね。
でもね、あまりにバランスが取れていてもちっとも感動しないものもありますよね。
ということは、音楽をやる人はどこかバランスを失しているものなのだそうですよ。
常識満ちて、計算づくの音楽では、なかなか人は感動してくれないですよね、発表会がいい例です。
皆のひたむきな情がお客様を引き付けるのですね。
(2004年 7月15日の日記より)
バンダ[banda]
ホールや劇場の空間のなかで、ステージ(オーケストラ・ピット)以外の場所で演奏して特殊な効果をあげるように指示された別の楽団のこと。
最も多いのは、オペラの舞台で衣裳も着けてお話の中の楽団としてステージ上で演奏するものですが、交響的作品にも時々「舞台裏での演奏」とか「客席バルコニーでの演奏」など指定されているものがあります。
私自身もオペラ「メリーウィドゥ」やロイヤルバレー団の講演の中でバンダの役をやった事などいろいろ経験しました。
弾くのはちょっとでも、練習、衣裳、メイクと全部出演者&オーケストラと一緒なので
とても大変なのですが「結構楽しかったな~~!」と思い出しています。
(2004年 5月11日の日記より)
バロック[baroque](仏)(英)[barocco](伊)
バロック[baroque](仏)(英)[barocco](伊)
ポルトガル語の「いびつな真珠」という意味の言葉からきている。
音楽史の17世紀初頭から18世紀半ばまでの時代区分としてこの名前を使われるようになったのは、
20世紀になってからです。時代的には、ルネッサンスとロココの間にある。
共通するのは、通奏低音が使われている事である。
この言葉の意味に比喩的に:誇張された、異様な、奇妙な、なんて意味もあるそうです。
バロック様式の先駆者であるFederigo Barocci(1528-1612)に由来しているのだろう。とも書いてありました。
通奏低音:thorough-bass,figured bass(英) Generalbass,bezifferter Bass(独) basso continuo(伊)
bass continue,bass chiffre(仏)
バロック時代にヨーロッパで盛んに行われた記譜法で、和声音楽を前提としている。
鍵盤楽器奏者が書かれた低音とその下に書かれた数字を手がかりに和音を補いながら伴奏をする方法と低音声部
のこと。独奏パートが休んでも低音は楽曲を一貫して奏することから通奏低音の名がついたんだって。
(2004年 4月14日の日記より)
カプリッチオ[Capriccio](伊)[caprice](仏)
奇想曲:イタリア語で「気まぐれ」の意味。19世紀ロマン派の作曲家によって書かれた自由で気まぐれ、軽快な器楽曲の名称。
17世紀には自由な初期のフーガの1つをさす。
マンドリンの曲には多いですね。
スペイン奇想曲(ムニエル)、ジプシー奇想曲(マルチェリ)、などとても楽しい曲で皆も好きですよね。
生真面目でなく、気の向くままに遊び心をもって演奏しないとつまんな~い曲になってしまうのです。
(2004年 5月25日の日記より)
コーダ[coda](伊)
音楽の終結部のことです。
今日レッスンしていて「コーダってどういう意味ですか?」と聞かれて、「終りに向かって
いく部分のことよ。」って言ったら、「言葉の意味?」
codaってイタリア語で「しっぽ」「末端」「最後尾」とかって意味なんですって。
(2004年 4月13日の日記より)
クレッシェンド[crescendo](伊)
今日はなんとなくイタリア語の辞書を広げて「crescendo」の語源は何だろう?と調べていたら
「crescere」だということがわかりました。
成長する。草木が育つ。声や勢いが増大する。大きくする。増やす。
ということだそうです。
(2004年 9月27日の日記より)
ダ カーポ[da capo]
最初に戻る、最初から。
[da]は ~へ、~から、~で、~風に、
[capo](人や動物)の頭、先端、頭脳、首領、なんて意味だそうです。
語源を探ってみると面白いですね。ちなみにセーニョ[segno]は印、
記号、って意味だそうです。フランス語[signe]、英語[sign]と同語源
なのだそうです。
(2004年 4月13日の日記より)
トニカ/ドミナント/サブドミナント[tonic][dominant][subdominant]
長・短調での主音、属音(v度)、下属音(iv度)の3つの主要音度、およびこのそれぞれを根音
として3度を三つ重ねた主和音、属和音、下属和音の三和音をさす。これらは主音を中心にサブドミナントは
5度下、ドミナントは5度上という、5度近親関係を形成する。
ハ長調だとドの5度下ということはファでしょう? だからファ・ラ・ドで下属和音・サブドミナント
5度上ということはソだからソ・シ・レということで属和音・ドミナントになるのよね。
私の小学校の頃は、この和音でお辞儀をしていました。じゃーん、じゃーーん、ジャ‐ン、とピアノにあわせて
気を付け!オジギ!気を付け! 「気を付け、礼」なんて今は言わないでしょう?
今は何て言うのかしらね。
(2004年 4月 7日の日記より)
長調/短調[major/minor](英)[Dur/Moll](独)
旋律的・和声的基礎となる二種類の音階、もしくは施法。正確には短調は3種類ある、長調は主音上に長3度がある。
(ハ長調だとド・ミで半音がないでしょう。)、短調だと主音上に短3度(イ短調だとラ・ドで半音がはいっている。)
長調は明るく快活、短調は暗くて悲痛ということに、全てを還元してしまうのは不可能だ。図式としては、これほど
単純なシステムがこれほど支配力を持った秘密は、種々の和音進行と、多彩な転調の魅力にある。
平行調や近親調への予期された移行、あるいは一気に遠隔調へシフトする意外性~~~これこそ調性音楽が尽きない
喜びを与えてくれる源泉なのだ。
こんなこと考えて作曲者の意図を想像するとなんだか面白そうですね。
(2004年 4月 9日の日記より)
デュオ奏法[duo]
マンドリンで二音を一緒にひく事をデュオ(duo)、三音をひく事をトリオ(trio)、四音ひく事
をクワルト(quarto)と呼びます。
でも一般的に、2音、3音、4音が和音として一緒にひかれる全ての作品を「デュオ形式」といっています。
自分でトレモロをしながら伴奏をピッキングでいれたり、左手の指でひいたり、また4つの弦を全部和音でひいたり、二つの音を和音でひいたりする事です。
まるで二人で弾いているように聞こえる事からこう呼ばれるのかしらね。
これはマンドリン独特の演奏方法なのでせっかくやり始めたらここまで練習してくださいね。
オデルの四巻に出ています。
(2004年 5月27日の日記より)
デュナーミク[Dynamics](英)[Dynamik](独)
強弱法。一般に強弱の対照(ff,f,mf,mp,p,pp)と、音の強さの増・減。
音の漸増漸減が重視されるようになったのは、18世紀になってからである。
クレッシェンド・デクレッシェンドの記号もラモーによって考案されたのだそうです。
デュナーミクの大きい方向に対しての能力のあるオーケストラは比較的多いが、
PP,PPPの方向の音楽において説得力を持つオーケストラはごく少数である。
と書いてあります。この両方を兼ね備えた傑出した指揮者に、カラヤン、バーンスタイン、などが挙げられるそうです。
(2004年 3月31日の日記より)
アインザッツ[Einsatz](独)
元々は、オーケストラまたは、合唱で、休みのあとで再び始めることを言った。
時には、この時の指揮者の合図をアインザッツという。
音の出だしです。これが揃わないと、指揮者はすぐ怒る。指揮棒で台をたたいて「ノーノー!!」
とわめいているのは、これです。
物の本によると、実はこので出しの弾き方には、民族によって大きな違いがあるそうです。
南へ行くほど棒がおりると同時に音もでる。棒の前につんのめって音を出すなどザラで、フランス
のオケなどは、揃えるということに全く価値をおいていない。ところが、北方のゲルマン民族に
なると、揃わなければ切腹か? という意気込みで、開始の前に、楽員がいっせいに吸いこむ息の
せいで、客席前方の空気が薄くなるほどである。慎重になるあまり、棒がおりてしばらくは音がしない。
そして次の瞬間にドーンと来る所はカミナリと同じ、これを「タメ」という。
だそうです。N響もこっちの組だって・・・
(2004年 3月29日の日記より)
アレグロ[allegro](伊)
このもともとの意味は、明るく、陽気で軽やか、という意味で、「速い」という意味はないのだそうです。
ベートーベンさんも、いつの間にか「アレグロ=速い」になってしまったことを悩んでいたそうです。
アレグロな女性:といったら誰とでもすぐ仲良くなっちゃう(軽い、軽薄な)女の人のことなんだって・・・・。
(2008年 1月12日の日記より)
アレグロ[allegro](伊)
アッレーグロって言葉は・・・陽気な、楽しい、明るい・・・っていう意味で、速度を「早く」と言う意味ではないのよ。
との私の言葉に、高校時代の先生が、
「イタリアに行ってタクシーに・・・早く行ってください・・・というときはアッレーグロって言えばいいんだよ。」 と教わったそうです。
ずいぶん前に書いたけど、そんなことするとタクシーの運転手さんは、唄を歌いだし、笑ったり!
アレグロ=うきうき、ワクワク、ドキドキそんな気持ちには、快活で心地よい速さがいりますよね。
楽聖ベートーベンも 「アッレーグロという言葉は早いという意味ではない」 と、憂慮している手紙を出版社に送っているそうです。
(2009年 2月 7日の日記より)
ブリオ[Brio/Brioso](伊)
あの人といると楽しい!ほんと!一緒にいるとウキウキしちゃう!
何て言うときにイタリア語ではブリオを使うそうです。
ブリオはヴィヴァーチェの華やかで生き生きした表情に、アレグロの陽気で明るい楽しさが加わった言葉だそうです。
ブリオの語源はスペイン語のbrio で、その語源はゴール語のブリーゴbrigo 、ケルト語のブリーゴスbrigos です。幸福、裕福、喜びからくる「力強さ」「精力」「活力」を意味します。
ヴィヴァーチェは、使い方によって皮肉的に「うるさい」というニュアンスが含まれたりするけれど、ブリオにはそんな暗いイメージはないのだそうです。
ヴィヴァーチェもブリオも元気で生き生きに違いはないのですが、ヴィヴァーチェは元気良すぎてハメはずし過ぎて迷惑になることがあるんだって・・・・
その点ブリオはキチンとしていて羽目を外さない、上品でユーモアなセンスを持った快活さなんだそうです。
ゴール語:ガリア語(ガリアご、Gallic)とは、古代ローマ時代のヨーロッパの地域ガリアで話されたケルト語派の一言語。ゴール語 (Gaulish) ともいう。
(2012年 9月26日の日記より)
ブリランテ[Brillante](伊)
輝く、音がキラキラしている、輝くという意味のブリランテ。
どんな輝きがブリランテか?それは語源をたどると解るそうです。
ギリシャ語のberyllos→ラテン語のベリッルムberyllum
両方とも「ベリッロ berillo のように輝く」という意味です。ではベリッロとは?
緑柱石(ベリッロ)のことでこの中の稀に特別綺麗な緑の宝石エメラルドがあります。
このエメラルドの輝きこそブリランテです。
ブリリアント・カット「輝きのカット」もここからきています。
(2012年10月 4日の日記より)
アニマート/コン・アニマ[Animato/Con anima](伊)
「生き生きと・活気を持って・元気に」ほとんどの音楽用語辞典が、コン・アニマとアニマートを同義語として扱っています。でも実際には全然根本が違うそうです。
両方とも「~に生命力を与える」という意味のアニマーレanimare から生まれていますが形容詞のアニマート、名詞のアニマでは意味が違うそうです。
アニマートは、生命があって動きがある状態を意味します。生命のあるもの動きのある生命体をいいます。人間や動物がアニマートです。英語のアニマルも同じです。
お祭りなど人が多く集まって賑やかなのもアニマートです。
だから「生き生きと活気を持って・・・」になるのですが、だからと言って「速度を速くして元気よく!」と考えてはいけないということです。
無理に速めた状況を作るのでなく、「音楽を生きた状態にする」と説明されています。
なかなか難しいですね。呼吸できない状態みたいに早くしては死んでしまうからダメなのだそうです。
アニマは神から与えられた肉体の奥深くに宿る永遠なる「魂」「霊魂」を意味します。
アニマには動詞的な動かすという意味はないのです。
コン・アニマは「魂とともに」という意味だそうです。「魂とは、人間の一番奥深くにある心で、単なる心とは違います。」と書いてありました。
ショパンはゆっくりした美しい旋律部分にコン・アニマをよく使っています。
アニマの語源は、ラテン語のãnimam 、ギリシャ語のアネモス、ánemos で意味は「霊感」「吹く息」「風」。生命の息吹が宿る、という意味です。
(2012年10月 6日の日記より)