片岡マンドリン研究所
話音倶楽部
2000年04月22日  第8回話音倶楽部

第8回話音倶楽部

今回は佐藤道弘さんをお招きしての津軽三味線の演奏でした。 この日のお客様のほとんどは生で津軽三味線を聴くのは初めてと、期待と興味で熱気に満ちた中で演奏が始まりました。 三味線には細棹、中棹、太棹の三種類あり、津軽三味線は太棹とよばれる一番大型の楽器です。 そして、組立式で移動の時は分解してケースに入れて持ち運ぶとのこと、このことは知らなかったお客さんが多く皆驚いていました。

第8回話音倶楽部

右手に持つバチで弦をはじき、擦り、引っ掛ける、時には楽器の表皮にもバチををあてて音をならす。 左手でも弦をはじき、左右の手を自由自在に操り様々な音を繰り出す。 部屋中に響き渡る太い、力強い音、小さな細やかな音、手品(魔法)を見るような佐藤道弘さんの津軽三味線の世界に触れ圧倒される思いがしました。 弦は絹糸なので30分くらい弾くとすり切れてしまうとのことで、前半30分、後半30分の演奏でした。 お話も上手で私たちの質問に丁寧に答えてくださる佐藤さんの人柄と、心の奥底に届く寄せては返す波のような津軽三味線の音色に魅せられたひとときでした。

■佐藤 通弘(津軽三味線)
1970年:三味線の稽古を始める。
1977年:東海大学海洋学部3年の夏乗船実習の帰りに、弘前の山田千里師の演奏を聴き
    衝撃を受け入門。弘前に移り住み、内弟子として昔ながらの修行を積む。
1981年:師範となり、山田里通の名を許され帰京。
1982年:翌83年と弘前で行われる全国津軽三味線競技会でA級2年連続優勝。
1983年:東京を中心に独自の世界を求めてコンサート活動を開始。幅広いジャンルの
    人々とのセッションとソロ活動で、津軽三味線の可能性の認識を得る。
    この年から1991年まで毎年1−2回の海外公演を行う。
1984年:キッドアイラックホールで1年間毎月1回、計12回の自主公演を行う傍ら、
    5月、12月に2度渡米しニューヨークを中心にソロのコンサートツアーを行う。
1985年:1月ジョンゾーン氏とレコーディングしたLP「巌流島」をニューヨークで発表。
    10月ニューヨークとカナダ各都市で17回の演奏を行う。
    この年より自主公演「津軽三味線NOW」を様々なゲストを招きシリーズ化し行う。
    その中で主なものは、1988年築地本願寺ブディストホールでの「津軽三味線NOW.7」、
    1991年東京芸術劇場での「津軽三味線NOW.10」など。
1986年:米国ロックフェラー財団の奨学金受けニューヨークに留学。
    新しき津軽三味線の世界の創造を目指し研鑽を積む。
1988年:スイスのハットハット社よりCD「ロダン」をリリース。
    後に日本のクラウンレコード社でも発売される。映画「津軽」の音楽を担当。
1990年:銀座小劇場との提携により、コンサートシリーズ「ロダン」を隔月に6回開催し、
    音楽ジャンルを超えるインプロヴィゼーションの世界を築く。
1991年:国際交流基金の助成によりニューヨークなど数カ所で公演を行う。
1992年:「佐藤通弘津軽三味線楽団」を結成、オリジナル曲を主にした演奏活動を始める。
1993年:ソロアルバム「佐藤通弘の仕事」をモダンミュージック社より発売。
1995年:1月KYOTO RECORDよりCD「津軽三味線の世界 佐藤通弘JONKARA」をリリース。
    7月佐藤通弘津軽三味線楽団のファーストアルバム「夏・宵・祭」をKYOTO RECORDより
    リリース。
1996年:2月ニューヨークでの舞踏家大野一雄の公演に出演。3月東京大学生産技術研究所で
    行われた日本音響学会で「演奏家にとって快適な音楽空間とは」という演題で公演。
    5月ドイツのメールスジャズフェスティバルのスペシャルプロジェクトに
    ソロプレイヤーとして出演。
1995年:〜98年 なかの芸能小劇場にてコンサート「音の回廊」を13回行う。
    シリーズ中1997年11月の「音の回廊」で文化庁より芸術文化振興基金助成金を交付され
    芸術祭に参加する。